その宿に泊まっていたのは我々の他に6人、そのうちリビングルームにいたのは我々の進学予定の大学の3年生(女)、関西の年齢不詳フリーター(男)、法政大学の2年生2人組(男)の4人、プラス宿の外の道に金髪美青年でした。
リビングの酒とタバコと初対面の臭いにやられた私は、先に泊まっていた皆さんの、おいおいやめとけよ、という目線をよそに、金髪の彼に声をかけてみることにしました。なぜなら彼はずっと、私の好きな曲を演奏していたからです。
「こんにちは、日本の方ですか?」
「金髪だけど日本人ですよ。はじめまして。」
「(なんだ、感じいいじゃん...)レディオヘッド、お好きなんですか?」
「あ、知ってます?この曲?」
「はい!CREEPですよね。レディオヘッド、大好きです」
「あ、ぼくはそんな好きじゃないんですけどね。この曲は歌詞がいいよね」
「(好きじゃないのか...しかも歌詞意味わかんない...)、あ、そうっすね!トムヨークっていい歌詞書きますよね!」
「あの歌は、ぼくらみたいな負け犬の心を代弁してくれるからね」
(ん?「ぼくら」?初対面なのにダメ認定されたー。てかそんな歌詞なのかー。)
「じゃ、歌ってよ」
(!!!)
「ぼくがギター弾くからさ、君、歌ってよ」
「(え、なに?スナフキン?実世界でほんとそんなことする人いんの?)いや、無理っすよ!英語、わかんないっすもん」
「でもほら、いい歌詞だって言ってたじゃない。(イントロスタート)恥ずかしがらないで、さぁ」
「あ、いやほらほんとほらそんなもう絶対ムリですー(話しかけなきゃよかったしいつのまにかタメ口だしでも感じ悪くないしでも感じ悪くないとこがまたなんか悔しいー)ふふふんふんふん♪」ハミングで歌いだす私。ニヤついてこちらを見やるヒロシ。止まらぬ演奏。止まらぬいけの歌声。止まらぬヒロシのニヤつき目線。
「(ヤバいぞヤバいぞ、やめどころ分からんし、まもまくサビ突入だし、さすがにサビは歌詞もわかっちゃうぞ)ふ、ふ、ふ、ふーふん、ふ、ふ、ふ、ふーふーん、バ、ライマークリープ♪」歌っちゃったー!英語で、歌っちゃったよー。

日常の何気ない時間、たとえばチャリこいでたり電車乗ってたり、そう言う人ごみの中に独りの時に突然、え?やだなに?あの時の自分なんであんなこと言っちゃったんだろ?あんなことしちゃったんだろ?と、自分の恥ずかしい過去体験が鮮明に蘇り、うああああ、穴があったら入りたい。どなたか今すぐ穴をください、みたいな気持ちになる時があります。私はこの現象を思い出しうああ、と名付けており、異国で初対面の人のギターに乗せてレディオヘッドを口ずさんでしまった自分、という記憶は未だに思い出しうああのタネとして、突発的に脳裏に蘇ります。

金髪の彼は私よりひとつ年下。ふつうに生きていればまだ高校生の年齢でした。
しかし彼は中学卒業後に工場でアルバイト。貯めたお金で単身アメリカに渡り英語学びながらアルバイト。貯めたお金でアジア放浪中。渡米の理由はパンクロックが好きだから日本にいちゃいけない。という経歴の持ち主でした。
完全に、カッコイイ!
今思うと、いやいやそんなうまい話あります?ほんとはいいとこの息子で渡米の時とか親御さんからご支援頂いたんじゃありません?てかパンクロック好きならイギリスなんじゃない?といくらでも穿った見方もできるのですが、当時の私は完全に彼に心酔しました。

「パンク僕も好きです!ハイスタ全然チケット取れないから、ハスキンとかイースタンばっかり観に行ってるけど」
「ハイスタ?は知ってるな、聴いたことないけど。あとは知らないや。日本のバンド?は聴かないから」
「あ、じゃあグリーンデイとかオフスプリングとか」
「あ、その辺はあんま聴かないな、好きな曲はあるけど。ミレンコリンとかノーエフとか」
「あ、もうムリっす。全然わかんないっす。オススメ教えてもらっていいですか?日本帰ったら聴くんで」

音楽を聴くのはものすごく好きですが、人と音楽について話すのはものすごく苦手です。だってこうなるから。そう思っている間もずっとニヤニヤの止まらぬヒロシ。そうこうしているうちにもう一人の宿泊者が戻って来ました。


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